「病院で本当にあった怖い話」第三夜はこれまでの二夜と変わって「正統派」の怖い話。

なお正確を期すために事前に断っておきますが今回は自分の実体験ではありません。その「事案」が発生した翌朝、夜間救急で対応した職員から直接相談された話を再構成したものです。

わざわざ嘘をついてまで自分にそんな話をする筈もない・・・と思われるので、自分の聞いた話は概ね事実だと考えてご紹介。

今回の話もまた結構昔の話。

まだ電子カルテが整備されていない紙カルテの時代であり、入院患者の管理のためのシステムはあったもののの非常に原始的システムでリアルタイム対応していない時代。

入院患者の名前と入院している部屋を確認する為には夕方いったん入院患者の名簿を紙に打ち出し、それ以降入院してきた患者の名前・入院している部屋は紙台帳に手で書き写し、それらを複合することで現在当院に入院している患者を把握していたのです。

何故出来るだけリアルタイムで入院患者を把握しようとしていたのかは、患者の家族からの問い合わせのためでもありましたが、実質の理由はベットが満床でないかを確認するため。

当時は「病院経営の改善のためギリギリまで病床利用率を上げる」というのが世間一般のスタンダードであり、当院もその例に漏れず同様の対応していた関係で入院患者が本当に一杯一杯いたため「病床が満床で受け入れできません」ということがそれなりにあったのです。

なお今日では診療報酬の適正な傾斜配分が進んだ結果「重症度・緊急度が高い患者を受け入れると高い診療報酬を与える」という制度になったため、救急患者が搬送されるような大病院は収入確保のため意図的に一定数のベットを空けるようになったため全国的にも「ベットが満床で受け入れできません」という事例は昔に比べると随分減ったと思います。

但し今でも「集中治療室が満床で受け入れ不能」「当直医が緊急オペに入ったため受け入れ不能」というのは必然的にあるため、その点だけは一般の患者の皆様もご承知おきを。

閑話休題。

当院はそれなりの大規模病院であるため、夜間にも結構な頻度で救急車で患者が搬送されてきます。

それ以外にも「ウォークイン」つまり直接自分の足で救急診療を受けに来る患者もいらっしゃいます。

そんなわけで救急室にいる医師・看護師以外にも救急の詰め所には受付・会計を担当する事務職員、警備の職員などが詰めています。

ここでようやく本題になりますが、本日の「怖い話」はこの救急の詰め所が舞台になります。

夜の早い時間の救急患者のちょっとしたラッシュが終わった頃、二人の若い男性が血相を変えて飛び込んできました。

「知り合いが救急車でこの病院に運ばれたのですが、どこの病室ですか? 名前は〇〇〇〇(女性の名前。以降Fと呼称)です」

若い男の一方、以降Aとしましょう。Aは本当に慌てた様子で救急の職員に詰め寄りました。

「ご家族ですか?」

「彼女です」

今だと非常に難しいところです。最近自分はこの手の当直やってないので実は現在の当院での取り扱いを正確に把握しているわけではないのですが、家族・親族なら兎も角「自称彼氏」では個人情報保護の観点から危なすぎます。

多分病院内の個人情報の取り扱いの原則からして、今だと該当病棟のナースステーションまでは案内して、そこで身元をしっかり確認して貰い、確実に入院患者の知り合いだと確信を持たない限り病室は教えない筈です。

当時は確かこの手の問題の移行期で「近所の人」だの「会社の同僚」だのの人に対しては問合せを受けてもお断りするようになった時代の筈です。

というわけで家族・親族ならば兎も角「自称彼氏」では本来答えるべきではないのですが、Aのあまりに真剣な様子にその日の救急の職員は折れました。

「では調べますので、しばらくお待ちください」

紙の台帳をめくります。プリントアウトされた分と夕方以降に搬送され入院中の患者を記した手書き分を。

しかし、Aの云った名前は何処にもありません。

とはいえ実はここまでなら普段から偶にあること。

うちの病院と近隣の複数病院は「同じ地名」を病院名の頭に冠しているため、時折伝達が間違ってうちの病院に来る患者の身内がいるのです。

ですがAは即座に否定します。「いや、この病院だ。間違いない。よく調べてくれ」

そこまで云われると記録に漏れがあるのか心配になり、救急室などに「今日運ばれた患者にFという人がいますか?」と問い合わせます。ですが、答えはノー。

となると可能性はやはりうちの病院ではなく他の病院に運ばれた可能性が浮上します。ということで救急の職員は市の救急本部に「今日救急車で運ばれた患者にFという人はいませんか?」とわざわざ問い合わせをします。

ですが、それさえ答えはノー。

「・・・あの、失礼ですが、本当にその方の名前はFさんで宜しいですか?」

次の瞬間、うちの救急の職員が云っている「本当の意味」を察したのか、Aは喚きだしたそうです。

要するにネットスラング的に云うなら「あなたの言うところのFさんは実在しますか?」と云われてキれた構図です。

ここにきてようやく今まで様子を見ていただけだったAの同伴者、Bが「おい、落ち着けって」と割って入ります。

救急の窓口にかぶりつきで迫っていたAを引きはがし、玄関ホールの椅子に座らせてきたBが戻ってきました。

「あの、申し訳ありませんが、自分に患者リストって見せて貰えませんか? それでなければ納得して帰りますから」

本来入院患者のリストなんぞ見せてはいけないわけですが、先程の騒ぎもあってうちの救急の職員は見せることに同意してしまいます。勿論相手に手渡したわけではなく、目の前で確認させてだけだそうですが。

見終わるとBは「確かにないですね。すいませんでした」と素直に詫びます。

事情を聞くと、AにFの女の友人から「Fが救急車で病院に運ばれた」という連絡があって、その場に偶々一緒にいたAの友人のBが車を出して当院に来たとのこと。

「こちらからはFさんやFさんの身内に連絡が取れないんですか?」と聞くと、相手の連絡先を知らないと云います。

そうこうしているとまたAが救急の窓口に向かってくる様子を見せたためBは会話を中断し、Aを連れて非常出口から出ていき、そのまま戻ってこなかったのでした。。。

さて、この話、色々な可能性が考えられるという意味での「怖い話」として紹介しました。

救急車で運ばれたというFは何処に行ったのか? そもそもFなる女性は本当に実在するのか? 

当時のことなので携帯電話はまだ普及していなかったものの「彼女の連絡先を知らない」などということが本当にあるのか?

対応した職員から翌日相談を受けた自分としては、最初やはりFの存在そのものを疑いました。ぶっちゃけ、Aが妄想垂れ流しの「○の不自由な人」ではないかと。

しかし対応した職員に云わせるととてもそうは見えなかったと。我々病院職員は普通の一般の人よりは確実に「特定の疾患持ちの患者」と接していますから、それなりの判断は出来ます。

ではFが実在するとして、実はFという名前は本名ではないのではないか? ぶっちゃけ「源氏名」ではないのか?

当たり前ですが救急搬送時や入院時には本名で対応されるわけで、それなら合点がいきます。

ですが彼女が風俗嬢であるというならば、普通店に出ている名前が本名ではないことを彼氏は理解しているわけで。

ということはFが偽名でAと付き合っていた? 可能性としてはありですが、そんなことをする意味が分かりません。

分からないことづくしで、当時は推理のしようがなく、その翌日以降Aが現れることもなく結局そのまま有耶無耶になってしまったわけですが、いまこうして書いている間に思いついた可能性があります。

「実はAの云っている話は最初から全部お芝居で、実は最終的にBが入院患者のリストを確認したかっただけなのでは?」

うん、推理小説の小ネタのトリックとしてはありそうだ。

だとするとうちの救急職員はまんまと騙されたことになりますが、果たして真相は如何に?

・・・本当にFという女性は実在し「救急車」に乗せられて何処かに連れ去られた、という「怖い話」が真実だったなどということでなければと思います、はい。